BRC-250 開発コンセプト
ベーカーリッチー

近年の天体写真において、冷却CCDの普及は目覚ましいものがあります。冷却CCDは、光害に強い、感度が高い、現像の手間がない、撮影後の画像処理が容易などのメリットがあります。反面、銀塩写真に比べると、写野が狭く画素数が少ないので、きめの細かさ階調の豊かさでは劣っています。銀塩写真の方でも、最近35mm判よりもフィルムサイズの小さなAPSに人気が出ているようです。しかし、大判、中判カメラで撮影した写真と比較にならないほどの粒状性の良さ、階調の豊かさがあり、機材の重さ、撮影の不便さにもかかわらず、根強い人気があります。天体写真においても、高画質な写真を撮影する為、大、中判が使えるイメージサークルの広いアストロカメラに人気が出てきました。当社においては、反射型アストロカメラとしてイプシロンシリーズがあり天体写真ファンから、おかげさまで多数に支持をいただいており月例天体写真コンテストも相当のシェアを占めております。今回開発した新型反射アストロカメラ、ベーカーリッチーは、イプシロンシリーズとはやや違った特徴を持ったアストロカメラで、高画質な天体写真を求めるハイレベルなアマチュア、また小惑星、超新星の捜索をするアマチュア天文家のニーズにかなうものだと思っております。

リッチークレチアン

主鏡と副鏡の二枚の鏡のみで、球面収差を完全に補正する光学系を考えますと、二枚の鏡のうちどちらかは、非球面でなければ球面収差がゼロになりません。ここで二次曲線の形状を示す数量としてε2乗という数値を考えます。このε2乗は=0で球面、<0で偏球面、0<ε2乗<1で楕円面、=1で放物面、>1で双曲面となり数値としてはほぼ球面からの研磨修正量と考えられます。主鏡、副鏡のR、および間隔を固定し、主鏡、副鏡のε2乗のみを変化させて球面収差を最小にした光学系を考えたのが、図1です。縦軸に主鏡のε2乗、横軸に副鏡のε2乗をとりプロットすると(1)〜(5)の5個の光学系が直線上に並ぶことがわかると思います。

(1)は主鏡が球面、副鏡が偏球面の光学系(プリスマン.キャミシェル)
(2)は主鏡が楕円面、副鏡が球面のドールキルハム(ミューロン)
(3)は主鏡が放物面、副鏡が双曲面の純正カセグレン(CN-212)
(4)主鏡、副鏡共に双曲面の純正リッチークレチアン
(5)は当社のイプシロンの主鏡(強い双曲面)を使用したカセグレン(イプシロンカセ)

この直線上には、これ以外にも多くの球面収差最小光学系が存在します。それぞれの光学系の収差について考えてみます。中心像の球面収差は、小口径ではどれでも全くゼロと考えてよいような量ですが、理論的には多少差があります。残存球面収差の量が最小なのは、(3)の純正カセグレンで理論的には全くゼロです。(4)のリッチークレチアンでは6次非球面項を加えないとゼロにはなりませんが小口径ではもちろん全く無視できます。(2)のドールキルハムになると、残存収差量がやや多くなり、(1)や(5)になるともっと多くなります。コマ収差については、(4)のリッチークレチアンがゼロで純正カセグレンでやや発生し、(2)や(1)になるほどプラスのコマが、また(5)になるほどマイナスのコマが強く発生します。図2の中心から15mm外れた場所のスポットダイアグラムでその様子がよくわかると思います。純正カセグレンとリッチークレチアンを周辺像で比較しますと、やや集まりのあるコマ像と集まりのない楕円ボケ像の差だけで、研磨の困難さの割には星像にはそれほど差はないと言えます。もちろん、補正レンズの設計の容易さでは、リッチークレチアンの方が勝っており世界の大望遠鏡がリッチークレチアンを採用している理由がここにあります。

図2 同一設計による周辺像の比較スポット像(中心よりh=15mm)
口径d=200mm 焦点距離FL=1800mm(F9)

アストロカメラとペッツパール和

アストロカメラのように広い画面で平面像を得る為には、像面の湾曲を完全に直してやらなければいけません。周辺像をボケさせる収差には非点収差と像面湾曲があります。非点収差とは、レンズの斜めから入射する光束が直交する2つの平面上での結像位置が異なることです。この直交する2つの平面をそれぞれメリデイオナル面(M面)、サジタル面(S面)と呼びます。M面、S面で結像する点の、近軸焦点よりのズレをΔM、ΔSと書いて、縦軸を中心からの高さとしてグラフに描くと、非点収差図ができます。ΔM、ΔSの中間Lが像面湾曲面になります。レンズ設計で非点収差を補正しようとすると、ΔM、ΔSは3:1で動きます。有名なペッツパールの法則がありn1n2をそれぞれのレンズの屈折率、f1f2をそれぞれのレンズの焦点距離とすると、

1/n1f1+1/n2f2+…………1/nkfk=1/R=Pz (1)

(1)ではRはペッツパール面の曲率半径を表します。ペッツパール面(P面)とM面、S面の関係はP面を基準として、M面とP面の差の1/3のところにS面があるという法則があります。つまり、図4のようにL面よりもP面のほうが大きく湾曲している、ということがあります。図4と図5を比較しますと、図4ではレンズの補正で図6のように非点較差をゼロにして、湾曲をとることができます。このように、ペッツパール面の湾曲が小さいと非点収差の小さい状態で像面を平坦にすることができるわけです。(1)式でRのことを像面湾曲の半径と誤解している人が多いようですが、実はP面とL面は異なっているわけです。(1)色のPzのことをペッツパール和と呼び、Pzが小さい程像面を平坦にしやすいということになります。(1)式に合成焦点距離Fをかけて正規化したものをPとします。

P=FPz=F/n1f1+F/n2f2+…………+F/nkfk (2)

(2)式でまず、ニュートン反射を考えてみます。この場合反射して光線は逆向きになるので屈折率n1です。またf=Fですから(2)式はP=−1となります。例えば、短焦点放物面反射主鏡に焦点距離を変えないコマ補正レンズ(ロスレンズ)を付けた場合、2のf2=∞となるので第2項はゼロとなり(2)式のP=−1は変わりません。この場合、非点収差をうまくまとめるには、図7のように像面Lをマイナスにして、それにあわせて球面収差もマイナスにデイフォーカスしてやればフラットなレンズができます。しかし、中心部も含めて星像がやや甘くなり、非点収差のため画角をあまり広げることはできません。(2)式をゼロにするには、補正レンズ((2)式の第2項)をプラスにしてやれば良いのです。つまり、補正レンズを凸系(レデューサー)にしてやれば、ペッツパール和が小さくなるのです。このレデューサーと主鏡の組み合わせの場合、主鏡を大きく双曲面にすると球面収差もコマも小さくなります。これが、当社のイプシロン光学系の原理でF3〜F4の広角でシャープなアストロカメラができます。
次に主鏡副鏡のカセグレン型望遠鏡の場合、通常は副鏡の方が焦点距離が短いので(2)式のPはプラスになります。つまりニュートン反射と逆にP面はマイナスに湾曲しています。したがってPを小さくするには補正レンズを凹にして焦点距離を伸ばさねばなりません。

図8
ベーカー系アストロカメラ

(3)式で主副鏡の2枚を使用してPを0にすると

-F/f1+F/f2=0

したがってf1=f2となり主鏡、副鏡のRが同一であればP面が平面となることがわかります。このようなカセグレン型アストロカメラをベーカーが数多く研究したので、ベーカー系アストロカメラと呼ぶことにします。現在制作されているベーカー系アストロカメラには、シュミット補正板を使ったベーカーシュミット、メニスカスレンズを使ったベーカーマクストフがあります。ベーカーシュミットでF3からF2、ベーカーマクストフでF5からF4くらいの明るさのものが多いようです。どちらも、補正板を球面鏡の球心の場所に置かないと収差の補正が出来ないので鏡筒が非常に長くなります。収差としては、どちらも軸上色、倍率色がやや多く発生しベーカーマクストフの場合はメニスカスレンズを非球面にしないとかなり大きな球面収差が発生します。
当社としては、TSC-225、イプシロン、CN-212等の経験により補正板や補正レンズを非球面にするよりは、主鏡や副鏡を非球面にした方が当社に向いているしメリットが大きいと考えました。もちろん、それはε2乗=14というイプシロンカセの凸副鏡を研磨した当社研磨部の実績を見てのことです。そこで考えたのが、広角平面像リッチークレチアンです。リッチークレチアンは、球面収差もコマ収差もないのですが、非点収差と像面湾曲がかなり大きいのであまり広角にできません。リッチークレチアンの主鏡と副鏡のRを同一にしてやると、図5のようにP面は全くゼロで3:1の非点収差のみが残存する光学系となります。この非点収差は、補正しやすい形なのでパワーのないフラットナーレンズで簡単に補正できて、広角でほぼ無収差の光学系が完成します。当社ではこの光学系をベーカーリッチークレチアン(BRC)とよんでいます。ここで、主鏡Rと引き出し量を固定し、合成焦点距離を変えてリッチークレチアンになる主鏡副鏡のε2乗を計算し表1にまとめます。これを見ると、Fの明るいリッチークレチアンがいかに非球面量が大きいかわかると思います。実際、世界で製作されているデータを見てもF8か明るくてもF6ぐらいまでだと思います。ちなみに、表1でFを無限に大きくしてゆくと主鏡副鏡共ε2乗=1に近づきます。つまり純正カセグレンも純正リッチークレチアンも同じになるということです。

焦点距離FL 2500 2000 1750 1500 1250
口径比F 10 8 7 6 5
副鏡R2 -531.8 -697.1 -831.0 -1031.6 -1413.2
主鏡ε1(2乗) 1.06 1.12 1.18 1.29 1.52
副鏡ε1(2乗) 3.66 5.48 7.50 11.84 24.52
ベーカーリッチークレチアン(BRC)

当社ではベーカーリッチークレチアンとして口径20cmのもの(BRC-250)と口径25cm(BRC-250)を設計しています。試作機としてBRC-200をJTBショーに出展しましたがBRC-250が先に市販されました。共に、二枚玉補正レンズ付きで口径比はF5です。特徴としては、まず第一に非常にコンパクトなことです。反射型アストロカメラの多くが長い鏡筒をもつのに比べて、短くてバランスのよい鏡筒になっており、BRC-250でNJPクラスの赤道儀でガイドできるくらいで、南半球での観測などにも大きなメリットになりそうです。またバックフォーカスを長くとっている為、ペンタ67など写真撮影システムが無理なく取り付けられ速写性が良いこともあげられます。

次に、光学性能ですが、図10のスポットダイアグラムを見ればわかるように最小星像はきわめて小さく、中心像が4波長総合で2ミクロン以内、周辺像が67判の対角まで10ミクロン以内とシュミットカメラを上回る性能となっています。イプシロンに比べても、より星像がシャープなのは補正レンズにパワーのないフラットナーレンズを使っている為で軸上色収差、倍率色収差共に皆無であるといっていい補正に成功しました。フラットナーレンズを使用しているメリットは、周辺光量の豊かさ、イメージサークルの大きさにもつなっがていて、BRC-250の場合イメージサークル(光量が中心の6割の範囲)がφ100mmしかもφ70mmのところで光量が90.7%とイプシロン-250に比べると格段に周辺光量が豊かになっています。BRC-250の写真システムは、まず速写性の点ではペンタ67がよいでしょう。しかし、内爪式カメラマウントではマウントによってケラレが出て、せっかくの広いイメージサークルを生かしきれません。BRC-250の広いイメージサークルを生かすには、69判のフィルムホルダーが良いでしょう。φ110mmまで4割を越える光量があることを利用して4×5判フィルムホルダを使用することもできます。この場合の星像は、高次コマの影響でφ100mmの場所で20ミクロン弱とやや大きくなりますが、その外ではビグネッティングのため再び星像は小さくなり、φ110mmでは15ミクロン程度となります。したがって、BRC-250は定評のあるイプシロンに比較しても格段に小さな星像、そして格段に大きなイメージサークルが得られます。また、F5という口径比はピント出しやスケアリングの点で、精度がややゆるくなる事もあり非常に質の高い天体写真が撮影できるはずです。

研磨について

ベーカーリッチーでは、主鏡副鏡ともに球面よりの変移量の大変大きい双曲面を使用しなければなりません。当社では、主鏡の双曲面研磨ではイプシロンの、副鏡の双曲面研磨ではCN-212の経験があり、独自の技術によってベーカーリッチーの光学系の研磨に成功しました。細かいノウハウは公表できませんが、理論的な研磨方法および検査方法を書いておきます。まず、双曲面(楕円面や放物面でも同じです)が球面よりどのように変移してゆくのか考えます。最初に凸面を考えます。この場合、求める双曲面の中心の曲率と同じ曲率の球面と比較すると周辺で差が大きくなってゆきます。求める双曲面と中心で接し周辺(有効径)で交わる球面を考え、これを近似球面と呼ぶことにします。近似球面から双曲面を研磨する場合最も深く彫り込む位置は有効径の1/√2コのところになります。この最大研磨量を比較しますと、例えばBRC-250の副鏡の場合、前者では11.9ミクロンとなり、近似球面より双曲面を整型してゆく方が約4倍修正量が少なくてすむ事になります。次に凹面研磨の場合は凸面とは逆に有効径の1/√2の場所を残して、中心と周辺を彫り込んでやれば最小研磨となります。
 次に双曲面の検査方法です。これは、双曲線の性質を利用すれば凸面鏡も凹面鏡もオートコリメーションゼロテストで検査できます。まず焦点Fと焦点F`を持つ2本の双曲線を考えます。次に、点F'を中心とする半径Rの円を考え、半径OF'を引きます。線分OF'上に双曲線と交わる点PとP'ができます。双曲線の性質より

PF'-PF=2a (3)
P'F-P'F'=2a (4)

次に、OPFの長さを考えると

OPF=OP+OP=OP+PF'-2a=R-2a=一定

または、OP`Fの長さは

OP'F=OP'+P'F=OP'+P'F'-2a=R-2a=一定

つまり、凸双曲面および凹双曲面は、ある曲率の球面と組み合わせると焦点Fより出た光は、光路長が一定である。つまり球面収差が0である、ということになります。したがって双曲面鏡は凸面も凹面も球面鏡を使ってオートコリメーションゼロテストができます。しかし、ふつうのリッチークレチアンのようにパラボラに近い双曲面鏡の場合、ほとんど平面に近い球面鏡になってこの方法は使えません。ベーカーリッチーの主鏡の場合球面鏡はF10くらいとなりこの方法で検査できます。

ベーカーリッチーの今後

当社では、現在25cmF5のベーカーリッチーを量産しています。今後、更なる大口径化については、主鏡用副鏡用にそれぞれ大口径のオートコリメーション用球面鏡を用意しなければならないので、生産台数が少なくなればコストアップすることになります。次に口径比を明るくする事ですが、副鏡の非球面修正量が大きくなりすぎるので現状では、F5が限界ではないかと思います。また、レンズ設計の面でもF4の補正レンズを設計すると、高次収差の為に最周辺の星像がやや悪化するようです。したがって、最初からF4として設計するよりは、F5の仕様で補正レンズをレデューサーレンズに交換する事によってF4にする方が良いと思います。もちろん、この場合ペッツパール和がプラスに増大して、周辺像が悪化するのとイメージサークルが狭くなるのはやむを得ません。反射系アストロカメラにおいて、イプシロンはF3からF3.5という明るさを、ベーカーリッチーは星像の鋭さとイメージサークルの広さをという特徴を生かしたすみわけをしてゆくのが良いのではないかと思います。